2012年5月12日 (土)

言葉は壊れなかった

「それでも三月は、また」(講談社) 谷川俊太郎 の 「言葉」という詩の冒頭より

       何もかも失って
       言葉まで失ったが
       言葉は壊れなかった
       流されなかった
       ひとりひとりの心の底で

2012年救援衣料日程のお願い

難民中古衣料と 東日本支援品は

5月22日(火曜日)9時から12時 日枝中学校(高山市森下町) 

6月30日(土曜日)9時から12時 富山建材  (高山市西之一色町)

9月11日(火曜日)9時から12時 日枝中学校

10月6日(土曜日)9時から12時 富山建材  

どうぞ よろしくお願いいたします。

   お一人お一人の お力を ぜひ お寄せ下さいませ

2012年5月11日 (金)

2012年救援衣料日程のお願い

2012年 救援衣料日程

難民中古衣料と 東日本支援品は

5月22日(火曜日)9時から12時 日枝中学校(高山市森下町) 

6月30日(土曜日)9時から12時 富山建材  (高山市西之一色町)

9月11日(火曜日)9時から12時 日枝中学校

10月6日(土曜日)9時から12時 富山建材  

どうぞ よろしくお願いいたします。

事務局水谷は、しばらく ブログを更新出来ず、申し訳ありませんでした。

3月30日と4月28日もお米を被災地にお送りすることができました!

飛騨米や食品、新品衣料を 岩手沿岸部にお送りさせていただきました。

5月分までおかげさまで お届けすることができ 感謝いたしております。

昨日、盛岡のボランティアがチームが大船渡、釜石に伺い、手元にあった飛騨のお米を全部、被災者のお宅に届けさせていただきました。

「またきてくれてありがとう。米が切れそうで、これで安心です。」

「飛騨高山のお米!有り難いです 」と大変喜ばれました。

6月・7月も あわせて1000kgを望まれています。

どうか よろしくお願いいたします。

また 遠方のかたで 直接 被災地にお送りいただける方は 送り先など打ち合わせて頂けるとありがたいので、ご連絡下さいませ。

このブログからのご連絡でも、 0577-32-6409(電話FAX)でもありがたいです。

東北への発送は 下記の日でなくても、いつでも有り難いので ご連絡くださいませ。

難民中古衣料と 東日本支援品は

5月22日(火曜日)9時から12時 日枝中学校(高山市森下町) 

6月30日(土曜日)9時から12時 富山建材  (高山市西之一色町)

9月11日(火曜日)9時から12時 日枝中学校

10月6日(土曜日)9時から12時 富山建材  

2012年3月30日 (金)

3/30別送の850kgのお米が被災地に到着しました!

3/30 まだまだ寒い被災地に 850kgのお米が到着!

3/25日の後から 市民の方からお届けいただいたり、高山市福祉センター様を通じてご寄付くださいました尊いお米と、飛騨JA様から 購入させていただきました150袋を合わせて
850kgの飛騨米を 岩手沿岸部にお送りさせていただきました。

おかげさまで 3月4月に 要望されていました目標1000kgを越えることができました。

今回のお米の行き先の一つ 大槌のグループホームの方から 次のようなうれしいお話をいただきました。

「津波の直後、着替えも 食べるものも 何もない時、途方にくれている時、いの一番に、飛騨高山からの救援物資をいただき、本当に励まされ、助かりました。皆さんと分け合い、一枚いただいた女物のセーターを、寒さしのぐため、主人と交代で着させていただきました。
黒地に青い模様の入ったそのセータを大切に飾っています。ありがとうございました」

        高山市民のみなさまのおかげです。
        今後とも どうぞ よろしくお願いいたします。

2012年3月28日 (水)

ドイツ放射線防護協会

シェア掲載させて頂きます 
ドイツ放射線防護協会によるフクシマ事故に関する報道発表・・・
http://www.asyura2.com/11/genpatu18/msg/870.html


ドイツ放射線防護協会によるフクシマ事故に関する報道発表
放射線防護においては、特定の措置を取らないで済ませたいが為に、あらゆる種類の汚染された食品やゴミを汚染されていないものと混ぜて「安全である」として通用させることを禁止する国際的な合意があります。日本の官庁は現時点において、食品の範囲、また地震と津波の被災地から出た瓦礫の範囲で、この希釈禁止に抵触しています。ドイツ放射線防護協会は、この「希釈政策」を停止するよう、緊急に勧告するものであります。さもなければ、日本の全国民が、忍び足で迫ってくる汚染という形で、第二のフクシマに晒されることになるでしょう。空間的に明確な境界を定め、きちんと作られ監視された廃棄物置き場を作らないと、防護は難しくなります。「混ぜて薄めた」食品についてもそれは同じことが言えます。現在のまま汚染された物や食品を取り扱っていくと、国民の健康に害を及ぼすことになるでしょう。

焼却や灰の海岸の埋め立てなどへの利用により、汚染物は日本の全県へ流通され始めていますが、放射線防護の観点からすれば、これは惨禍であります。そうすることにより、ごみ焼却施設の煙突から、あるいは海に廃棄された汚染灰から、材料に含まれている放射性核種は順当に環境へと運び出されてしまいます。放射線防護協会は、この点に関する計画を中止することを、早急に勧告します。

チェルノブイリ以降、ドイツでは数々の調査によって、胎児や幼児が放射線に対し、これまで考えられていた以上に大変感受性が強い、という事が示されています。チェルノブイリ以降のヨーロッパでは、乳児死亡率、先天的奇形、女児の死産の領域で大変重要な変化が起こっています。つまり、低~中程度の線量で何十万人もの幼児が影響を受けているのです。ドイツの原子力発電所周辺に住む幼児たちの癌・白血病の検査も、ほんの少しの線量増加でさえ、子供たちの健康にダメージを与えることを強く示しています。放射線防護協会は、少なくとも汚染地の妊婦や子供の居る家庭を、これまでの場合よりももっと遠くへ移住できるよう支援することを、早急に勧告します。協会としては、子供たちに20ミリシーベルト(年間)までの線量を認めることを、悲劇的で間違った決定だと見ています。

日本で現在通用している食物中の放射線核種の閾値は、商業や農業の損失を保護するものですが、しかし国民の放射線被害については保護してくれないのです。この閾値は、著しい数の死に至る癌疾患、あるいは死には至らない癌疾患が増え、その他にも多種多様な健康被害が起こるのを日本政府が受理していることを示している、と放射線防護協会は声を大にして指摘したい。いかなる政府もこのようなやり方で、国民の健康を踏みにじってはならないのです。

放射線防護協会は、核エネルギー使用の利点と引き換えに、社会がどれほどの数の死者や病人を許容するつもりがあるのかと言うことについて、全国民の間で公の議論が不可欠と考えています。この論議は、日本だけに必要なものではありません。それ以外の原子力ロビーと政治の世界でも、その議論はこれまで阻止されてきたのです。

放射線防護協会は、日本の市民の皆さんに懇望します。できる限りの専門知識を早急に身につけてください。皆さん、どうか食品の閾値を大幅に下げるよう、そして食品検査を徹底させるように要求してください。既に日本の多くの都市に組織されている独立した検査機関を支援してください。

放射線防護協会は、日本の科学者たちに懇望します。どうか日本の市民の側に立ってください。そして、放射線とは何か、それがどんなダメージ引き起こすかを、市民の皆さんに説明してください。

放射線防護協会
会長Dr. セバスティアン・プフルークバイル

ドイツ放射線防護協会によるフクシマ事故に関する報道発表
#http://d.hatena.ne.jp/eisberg/20111130/1322642242  

2012年3月26日 (月)

たくさんのお品 特にお米 ありがとうございました!3/25

\(^o^)/Σ(`0´*)皆様 本当にありがとうございました!

今日 3/25 正午から15時まで 飛騨高山教会で 東日本被災者支援物資を集めさせていただきました。

いつまでも寒い冬。。。。朝から 雪まで舞い、事務局は あまり お米は寄せられないかもしれない。。。と、しょんぼりしていました。

ところが なんと雪をものともしないで 多くのみなさまが お米や食品、新品の下着などをお届けくださいました。佳いタオルのセットや、食用油のセットや調味料、バザー品もたくさん与えられました。

この教会を探して、いっぱい迷って 30kgの大袋2つをお届けくださいましたおじいちゃま!

「娘の結婚式してもらった教会やで」と たくさんお持ちくださいましたお母さま!お父さま!

5kgや10kgの米袋を わざわざ購入してご寄付くださいました方々もありました。

「米が買えない方があるんやってな」「同じ日本人やで 少しでも役に立てて欲しいとおもって」・・・・・事務局は 作業中 なんども なんども 感激で涙がでました。

いわてボランティアネットワークの拠点に18箱、

気仙沼・大船渡市の小さなグループに 5箱

名古屋の避難支援グループに4箱 
    

         このうち、お米はなんと合計370kgも 与えられました。

         募金は 120469円でした。


                  本当に本当に ありがとうございました!

3

次回、東日本支援は 4月28日を予定させていただいております。

いつもボランティアで働いて下さるカップルの結婚式がございますので 時間は一時間下げさせていただき、13時から15時とさせていただきます。(一部チラシでは正午となっていましたが 変更させていただきます)

2012年3月25日 (日)

がれき処理で被災地に雇用を産み出してください

        詳しい友人Nさんからのメール要約より

被災地、陸前高田や南相馬の市長は「自分達のところへ、がれきをとどめて、この先10年の雇用を確保したい」と政府に申し入れているそうです。

けれども、政府はそれを検討していません。全国へ400万トンのがれきを運ぶと、トラック40万台が動かねばならず、その運送費は東京都へ50万トン運ぶだけでも25億円です。

被災地へではなく、なぜ、トラックの運搬だけにそのようなお金を落とすのか。

東京都が受け入れた50万トンのがれき処理は、東京臨海リサイクルパワーが受注。

東京臨海リサイクルパワーは99.9%東電が出資した子会社。役員はすべて東電のOB 140億円がそこに落ちます。なぜ、なぜ被災地に雇用を産み出さないのか。
不条理です。 

全国に汚染を広げる方法は 危険です。
これでは少しでも安心な野菜も全国から消えます。
政府はドイツの放射能防護協会が勧告している「希釈禁止」を破っているのです。 

がれきの焼却処分の際の放射能が大気を汚染する確率は、全く、わからないのです。
バグフィルターが99.9%除去できる、と政府が言っていたのは、単なる机上の計算だけだった、と政府は認めましたが、認めた件すら公表されていません。

被災地のがれきは総量が2200万トン。広域処理しようとしているのは、わずか400万トン。それも被災地で処理させていただきたいと、被災地の首長は言っています。
その分、雇用も増えるし。。。処理施設を現地に作って欲しい! という希望です。

愛知県が手をあげました。そして、政府は愛知県に処理施設を立てる資金を出す、と今日の新聞に書いてありました。何のため? 次に静岡の原発が事故を起こしたときのため?
私は、怒り心頭なんです。
被災地の市長と 各都道府県とは、直接電話で本心を聞いて欲しいと思っています。
がれき処理を「踏み絵」にしている政府の稚拙なたくらみに、国民全員が怒って欲しいです。(N)

「ドイツが考えてくれた日本の子どもを守る摂取限界値」の日本語訳PDFファイルです。

「ドイツが考えてくれた日本の子どもを守る摂取限界値」の日本語訳PDFファイルのシェアです。(フェイスブックからいただきました)
http://icbuw-hiroshima.org/wp-content/uploads/2011/04/322838a309529f3382702b3a6c5441a32.pdf

2012年3月24日 (土)

愛農学園が3/31テレビで紹介されます

三重県の愛農学園で、日本の未来の農業を学び、作りだそうと 奮闘する一年生の記録が放送されます。

東海テレビのタイトルが決定しました。「土まみれの365日~農業高校1年生の記録~」
 
3月31日(土)12 00~13 05放送予定です。

愛農学園(三重県)は フード・アクション・ニッポン アワード2011大賞を受賞されました。

 食料自給率向上に取り組む企業・団体などを表彰する「フード・アクション・ニッポン アワード2011」です。

 3回目の開催となる今年は全国から1025件の応募があり、大賞には学校法人愛農学園農業高等学校(三重県伊賀市)が選ばれた。全寮制の農業高校で、若い担い手を育て、卒業生の45%が就農していることなどが高く評価されました。

東日本大震災の放射能避難者を、すぐ、受け入れてくださいました。

当飛騨AA救援衣料は、高山の清水綿屋ふとん店さまからのバンご寄贈の仲介をさせていただいたり、避難していらっしゃる村上真平さんをご講演にお招きしたり、つながりをもたせていただいています。

未来の農業者をどう育てるか。

私たちは 何をどう”食”したらよいのだろうか。

自分たちでも できることはないだろうか。

など、考えるヒントや 希望がわいてくる番組になっているのではないかと期待いたします。 当日は 予定変更もあり得ますので みなさま お確かめのうえ どうか ご覧くださいませ。

2012年3月20日 (火)

被災地の夜 

3/11被災地の夜、宮城県東松島市野蒜(のびる)地区で、津波に襲われながらも、5m高い場所に車掌のすばやい判断で停車したため、奇跡的に助かった電車がありました。

仙台~石巻を走る4両編成のその電車には およそ60人の乗客がいて、一緒に 暗く長い夜を過ごしました。

乗客のみなさんで 協力しあい、外から運び込まれてきたけが人やお年寄りに足を伸ばせる場所を作り、若い方が一時間交替で マッサージをして 低体温になるのを防いだそうです。

中には、小学校低学年生の男の子が一人で乗っていました。気丈にも、涙一つこぼさないで、座っていました。まっくらな夜の中、水をかきわけて、「うちの息子いませんか」と お母さんが 探しにきました。そのお母さんの顔をみたとたん、男の子は 抱きついて泣き出しました。車中、みんな拍手して祝ったそうです。まだ、助かるかどうか不安だらけだった皆さんの胸に 希望の明かりが灯った一瞬だったそうです。

助けよう。みんなで助かろう)との、乗客の連帯感が強まり、団体旅行のグループや結婚式帰りの方々から おかしが差し出され、一口づつ みんなで分け合ったそうです。

その時味わった、キャップ一杯のお水のおいしさは 一生忘れられないと、本当に美味しく感じたと語るかたがいらっしゃいました。

      このお話を、NHK「同日同時刻」で知り、思い出しましたので、昨日のブログに
      マザー・テレサの祈り(空腹のとき)を掲載させていただきました。
      ぜひ、あわせて お読みいただければ幸いです。

 

2012年3月19日 (月)

空腹を覚える時(マザー・テレサの祈り)

マザー・テレサの祈り

主よ、私が空腹を覚えるとき
パンを分ける相手に出会わせてください。
のどが渇くとき
飲み物を分ける相手に出会えますように
寒さを感じるとき
暖めてあげる相手に出会わせてください。

       不愉快になるとき
       喜ばせる相手に出会えますように
       私の十字架が重く感じられるとき
       誰かの重荷を背負ってあげられますように
       乏しくなるとき
       乏しい人に出会わせてください。

ひまがなくなるとき
時間を割いてあげる相手に出会えますように
私が屈辱を味わうとき
だれかを褒めてあげられますように。
気が滅入るとき
だれかを力づけてあげられますように       

            理解してもらいたいとき
            理解してあげる相手に出会えますように
            かまってもらいたいとき
            かまってあげる相手に出会わせてください。
            私が自分のことしか頭にないとき
            私の関心が他人にも向きますように。

空腹と貧困の中に生き
そして死んでいく夜の兄弟姉妹に
奉仕するに値する者となれますように
主よ、私をお助けください。

       主よ、私たちの手をとおして
       日ごとのパンを
       今日 彼らにお与えください。
       私たちの思いやりをとおして
       主よ、彼らに
               平和と喜びをお与えください。
               
               

2012年3月15日 (木)

3月25日 被災地へのお米/食品など、お寄せください。

岩手県沿岸部のボランティアチームが 3月末に お米支援の要望のあるお宅へ お米をお届けにいきたいと、連絡がありました。

2012年3月25日(日曜日)12時~15時まで 高山市新宮町の

飛騨髙山教会にて 集めさせていただきたいと 計画させていただきました。

特に お米・食品・新品衣料をお願いいたします。

どうか よろしくお願いいたします。

発送は月曜日にさせていただきます。    この次は 4月28日(土曜日)13時~15時

                                同じ飛騨髙山教会
                                               式があるため13時からよろしくおねがいいたします 

なお、3月25日、4月28日は 

       東日本・国内支援品・バザー品のみ よろしくお願いいたします

また 遠方のかたで 直接 被災地にお送りいただける方は 送り先など打ち合わせて頂けるとありがたいので、ご連絡下さいませ。

このブログからのご連絡でも、 0577-32-6409(電話FAX)でもありがたいです。

難民中古衣料と 東日本支援品は

5月22日(火曜日)9時から12時 日枝中学校(高山市森下町) 

6月30日(土曜日)9時から12時 富山建材  (高山市西之一色町)

9月11日(火曜日)9時から12時 日枝中学校

10月6日(土曜日)9時から12時 富山建材   

2012年3月 9日 (金)

髙山3/11追悼催し

3/11追悼催しが 高山市国府町こくふ交流センター さくらホールで13時30分から16時まであります。

童心飛騨高山太鼓団、美鳩幼稚園のかわいいちびっ子たちの日本舞踊や合唱、飛騨ユースコンソートのアカペラ、withの混声合唱があります。

なんと 珍しい和風マジック「手妻」をテレビでもご登場の藤山晃太朗氏がご披露くださいます。

14時46分に黙祷があり、そのあと。。。おそれ多いのですが。。。私 水谷恵子が支援報告~飛騨から震災の地へ~を お話させていただきます。つたない話ではありますが、心をこめて 語らせていただきたいと思います。

どうか 皆様 いらしてくださいませ。

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2012年3月 8日 (木)

なぜ 大人は危険だと思わなかったの?

大人は危険と思わなかったの 福島から避難の子が証言

 【ニューヨーク共同】東京電力福島第1原発事故による放射線の影響を避けるため福島県から首都圏に自主避難した母子が7日、ニューヨークで開かれた会議に参加し、子どもたちは「(旧ソ連の)チェルノブイリ事故の時、なぜ大人はいつか自分の国の原発も危なくなると思わなかったのだろう」と問い掛けた。

 東京都世田谷区に避難した小1の深川凱聖君(7)はチェルノブイリ事故とその影響を聞き「僕は放射能がとても怖くなりました」と話し、大人が自国の原発の危険を考えなかったことに疑問を投げ掛けた。

2012/03/08 10:01   【共同通信】
「ほんまやね。ごめんね。」のコメントがたくさんよせられています。

絆 飛騨からみちのくへ「笑顔」よ届け!

東日本大震災写真展や「東北の美味いもの食べよう」東北物産展もある 3.11を忘れない絆プロジェクト実行委員会(0577-37-6111)主催の催しです。

Kizuna_1 Kizu2 Kizu4 

2012年3月 7日 (水)

祈り歩こう3/11

3/11の「祈り歩こう」をご紹介させていただきます。

飛騨髙山近隣のかたは 是非 ご参加ください。

途中参加だけでも 大丈夫。「脱原発@飛騨」ホームページをご覧ください。

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2012年2月13日 (月)

2012 年2月13日と16日の発送で2月も500kgのお米達成!

とっても 寒い日々が続きますが みなさま お元気でいらっしゃいますか!

先ほど 盛岡みなみのボランティア・チームへ お米200kgなどを発送させていただきました!今回も いつものT・Iさま、Y・Tさま、H・Eさま、K・Oさま、M・Sさま ありがとうございました!また、N・Kさまが餅米を10kgくださり 現地では大変 喜ばれ、待たれています。

さて、事務局水谷は 困っていました。なかなか 支援品は難しい時期になり、今月は 目標の量は無理なのではないかと 悩んでいました。

今日特売の二つのスーパーを 平野ご夫妻と手分けしてまわっても 200kgがせいいっぱいでした。

被災地では来週、仮設住宅の皆様が、待っていらっしゃるとのことで、今週中の発送を期待されていました。どうしたらよいかと考えていました。

そこへ いつも一緒にボランティアで汗を流してくださるY・Mさまが 箱を集めたと連絡くださり、伺うと 「お米代に」と封筒をくださいました。
開けてびっくりいたしました。10万円という大金をお寄せくださったのです。お子様がお二人大学へ通われていらっしゃるのに。・・・・m(_ _)m ありがとうございます!

(大切に用いさせていただきます)と お礼の電話をおかけし、受話器をおろしたとたん、飛騨JAさまから 待ちに待ったお返事が入りました!

2月と3月 飛騨のお米をボランティア価格で分けてくださるとの ありがたいお返事でした。

さっそく Y・Mさまのご寄付を全額もちいさせていただきました。

2/16木曜日に 60袋の飛騨米を追加発送させていただけます。感謝です!

ちょうど、このことをお知らせしましたら、現地連携チームがいくつか打ち合わせ会議中でした。岩手県宮古市のホクミンハウスと「言うボランティア・チームが 「とても助かります。是非 お届けさせてください」と、手を上げられ、直接 そちらへ送らせていただくことになりました。

みなさま 感謝です。  まるで またまた水谷のお調子のよいお話に聞こえるかもしれませんが(笑) 忘れられない奇跡のような恵みが今日も与えられました。

           Thank you for everything!

ありがとうございました!2月も みなさまのおかげで目標を達成できました。

どうか 3月のお米も 送ることができますように!

2012年2月11日 (土)

今週、岩手沿岸部にお米発送させてくださいませ

m(_ _)m今週も 岩手県沿岸部にお米など食品の発送をさせていただきたいとねがっています。

できたら 500kgお米をお送りしたいのですが いまよせられているのは

お米40kg 餅米10kg レトルト食品(カレー、ぜんざい、缶詰、お茶、インスタントコーヒー)です。 どうか ぞくぞく よろしく お願いいたします。m(_ _)m

        電話090-1751-6090 水谷

2012年2月 8日 (水)

2/19(日曜日)岐阜県内での2つの村上真平さんの講演会について

演題「自然とともにあった福島県飯舘村の生活~原発事故が奪ったもの」

講師 村上 真平さん

     (プロフィールと寄稿は、2/1と2/2のこのブログをお読みください)

[1]2012年2月19日(日曜日)午後1時~
           日本キリスト教団 蘇原教会
             (加茂郡白川町赤河1579-12)
             問い合わせ先 日高伴子 TEL0587-92-1371
                                090-4869-1509

                    東日本大震災1周年追悼講演会 

        

[2]2012年2月19日(日曜日)午後7時半~ 
           日本キリスト教団 飛騨髙山教会
             (高山市新宮町2278)
             問い合わせ先 大塚信明・水谷惠子 TEL0577-32-4640
                                       090-1751-6090

       こちらは礼拝の中でのお話になりますが どなたさまも 遠慮無くいらしてください

2012年2月 2日 (木)

すべてを無にし、未来を奪う原発

2/19 飛騨髙山でお話してくださる、村上真平さんの寄稿です。
                (お話日程については、2/1のブログをご覧ください)

全てを無にし、未来を奪う原発

01614日

村上真平

海外協力の現場で

1982年、インドのブッダガヤにあるガンディーアシュラムでボランティアをしたことがきっかけになり、85-91バングラデシュ、9-2002タイ国、NGOを通して海外協力の現場に関わってきました。

この約20年間に渡る海外協力活動を通してたどり着いた一つの結論は「この世の中に貧しい国々があるということは、多く取り過ぎる豊かな国々があるからであり、貧しい人たちが沢山いるということは、貧欲で取り過ぎる小数の人々がいるからである。」ということでした。

この著しい貧富の格差を生んでいるグローバル経済システムのモラルは、端的にいうと「お金のために自然を破壊することを「必要悪」として容認し、貧欲を満たすために、他から奪うことを「競争力」として賞賛する」というものです。このモラルの元に、自然環境破壊と人間同士の競い合い、蹴落とし合いをして生きてゆくということは、結果的に人間は自ら滅ぶ道を選択し、進んでいるのだということを、痛感することになりました。

私たち、人間が自滅しない生き方はあるのだろうか。私たちの子供、その子供たちが安心して暮らせる自然豊かな自然環境、健やかな社会環境を残すことができるのだろうか。南の国々の友人たちを搾取しない生き方があるのだろうか。

そう自問する中で、出てきた一つの選択が、「生命そのものである自然を壊さないで、自分が自然の一部であることを自覚し、共生する術」と「競争し、奪い合う生き方に平安はないことに気づき、協同し、分かち合う生き方」を学ぶ、エコロジカルな共同体、エコビレッジを日本の山村で始めたいということでした。

福島県飯舘村へ

2002年4月、縁があって、福島県飯舘村の戦後開拓によっておこされた農園と里山、約6ヘクタールの土地を譲り受け、エコビレッジへの歩みを始めました。

それから9年間、農園里山を「なな色の空」と名づけ、様々な試行錯誤を繰り返しながら、エコビレッジのベース作りをしてきました。

     約2ヘクタールの自然農園(水田、多種の野菜、穀物、ブルーベリーなど)

     2004年よりマクロビオティック(穀物菜食)レストラン 

     2008年に石窯を作り、09年より石窯天然酵母パン工房

     親子里山体験などの子供が自然と触れ合う場づくり、

     農を目指す人のための1年間の研修生や、ウーファーの受け入れ

     農産加工(30種以上)

そして、今年の4月からは1家族3人が移り住んできて、一緒にエコビレッジへの歩みを始める予定でした。

しかし、3月11日の夕方、大地震の後、福島原発が津波により非常電源を喪失し、原子炉を冷却できなくなったというニュースが入ってきました。その状態が続くと冷却水がなくなり、炉心が露出し溶け出すメルトダウン(炉心融解)が起こる可能性があるという。その時思ったことは、最悪の場合、メルトダウンから水蒸気爆発による原子炉爆発が起こり、チェルノブィリと同じケースになる可能性があるのだということでした。

なな色の空は原発から45km離れていますが、水蒸気爆発が起きれば、私たちの場所も汚染地域に入ってしまいます。そこで、原発の状況をラジオ、テレビ、インターネットで情報を調べ続けていました。12日午前2:05分、一号機原子炉の炉心が再び露出したという情報とメルトダウンはすでに始まっている事を反原発ネットワークを通して知り、避難する事を決意。午前3時、妻、子供たち、研修生の6人で車に乗り込み、飯舘村を後にしました。

飯舘村は、3月15日より、異常に高い放射能汚染が記録されるようになり、事故より1ヵ月半後に計画的避難地区に指定されました。

原発を止めることは「最低限の条件」

原発に関しては25年前のチェルノブィリ原発事故の以前から反対の立場で、その問題を考え、反対運動に関わっていました。特に、原発を運転する事によって出る高濃度の放射性廃棄物の安全な処理法も保存法も確立しないまま運転が続けられていることに対して反対していました。

30~40年間だけ電気をふんだんに使うために、将来の子供たちに2万4千年以上隔離保存しなければならないプルトニュームのような猛毒の放射性物資を残す。しかも、その隔離貯蔵法は技術的に確立されてない上に、その貯蔵場所さえ決まってないのです。これほど、利己的かつ、刹那的な生き方があるでしょうか。

しかしながら、原発はチェルノブィリ以降もどんどん作られ、民主党政権になってからは原発の発電を将来50%にするといいます。その理由は二酸化炭素を出さない、「クリーンエネルギー」だからというあきれた理由です。クリーンでない放射能の問題に対しては、国も電力会社も「絶対安全」という錦の御旗を掲げ、反対運動を押さえ込んできました。そのような状況の中で私自身は、反原発活動に、未来に希望を持てない無力感と徒労感を感じていました。「この国はチェルノブィリみたいな事故が起きない限り、本気に考えようとしないだろう」と思っていました。

そんな時、福島の原発事故がおこりました。しかもチェルノブィリと同じレベル7といいます。その事故により、私たち家族は飯舘村を追われ、戻れなくなりました。今まで作り上げてきた生活基盤、人間関係、エコビレッジ建設も全て無になりました。ゼロであれば、またやり直しができますが、私の住んでいる農園の土と里山は非常に高い放射能汚染により、数十年以上使えないということが信頼できる調査で分かりました。

この私たち家族に起こったことは、「日本のある地域に起こった特別な出来事」と、殆どの人は考えていると思います。しかし、冷静に考えると日本に住んでいる全ての人に起こりうるのです。しかも、非常に高い確率で。

チェルノブィリの悲惨さを思いながら、心のどこかで、「対岸の火事」と感じていた、福島原発事故が起こる前の私は、これから起こりうる原発事故の前のあなたと同じです。

私たちが心から自分の子供たち、そして、その子供たちの事を愛おしく思い、幸せに生きて欲しいと願うならば、原発を止めるということは「目的ではなく、最低限の条件」なのです。

 

私は、福島原発事故災害の「証人」として、多くの人たちに「他人事では全然ないこの事実」を伝え、一刻も早く全ての原発を止めるために、歩んで行きます。そして、飯舘村で中断したエコビレッジへの歩みも、新たな出会いがある場所で、新たに出会うであろう思いを共にできる人々と、始めてゆきたいと思っています。

2012年2月 1日 (水)

2/19(日曜日)19時半から 村上真平さんの講演会 プロフィール

2012年2月19日(日曜日)19時半より 飛騨髙山教会(高山市新宮町)の礼拝のなかで

村上真平さんのメッセージを伺います。日程の都合で 礼拝のなかでとなりましたが、どなたさまも 是非 お出かけくださいませ。
    お問い合わせ 電話0577-32-6409(FAX 留守録付き)
              電話0577-32-4640 携帯090-1751-6090

村上真平(むらかみ しんぺい)さんのプロフィール

 1959年、福島県田村市生れ。70年から有機農業を始めた農家の後継者であったが、82年、インドに渡りガンジー・アシュラムに一年間滞在したのをきっかけに海外協力の道に入る。85年からバングラデシュに6年間、96年からタイに5年間、民間海外協力団体(NGO)を通して自然農業の普及と持続可能な農村開発の活動に関わる。2002年、日本に帰国し、福島県飯館村に入植、「自然を収奪しない農の在り方と、第三世界の人々を搾取しない生活の在り方」の探求、持続可能な生き方を目指し、自然農業、自給自足をベースにしたエコビレッジづくりを始める。

2011年3月11日深夜、福島原発1号機のメルトダウンを知り、12日早朝、飯舘村から避難。現在、三重県伊賀市に在住。

2012年1月29日 (日)

神戸の大震災の時、花の苗のリクエストがありました。

17年前、神戸の大震災の支援活動をさせていただいていたときのことです。

今回のように、あっと言う間に、半年が経ち、夏を迎える時期になり、避難所が閉鎖される前に、また 救援物資をお送りしようと、救援衣料の日を計画させていだだきました。
被災地の方々に「特に何か、ご希望の品目はありませんか」と あらかじめお尋ねしました。

大工道具・消火器・花の苗が欲しい」とのリクエストがあり、その時の私には思いがけなかったので(無理では?)と 半信半疑でした。市民時報さまが、お願いの記事を掲載してくださいました

そのときも、大勢の市民の皆様のお力は、すごかったです。

          なんと 大工道具・消火器!寄せられました!わざわざ購入して救援衣料の時に
               お持ち下さいました方々がありました。

そして、本当にびっくりし、感激したことに、待望の花の苗の電話をいただきました。

「自分で育てた花の苗があります」と、江名子町の全く知らないかたからでした!

私はうれしくてたまりませんでした。

綿密に打ち合わせさせて、いただきにあがり、涼しい場所に保管して、救援衣料でいっぱいの神戸に向かうトラックの最後尾に入れ、現地にも連絡し、遅入れ早だしをお願いして届けさせていただきました。

その苗は、神戸では、確か鷹取の仮設住宅の各家の玄関に翌日のうちに植えられ、「殺風景だったけど、我が家のような気持ちになれた」 「心が和んだ」 「気分が変わった」と 大変、喜ばれました。

さて、この一月の、数日前に 「今 被災地で必要なものは 何でしょうか?」とお電話いただきました。「お米、食品、男性冬衣服、毛布」と申し上げると、また 昨日その方は電話をくださいました。若い女性のお声ですが、何回かのやりとりのうちに、私が お電話することがありましたら、中高校生ぐらいの男の子が電話にでられたので、思ったよりお年の進んだ方だ、あ!(!)と思いました。

ひょっとして、神戸の時、花の苗を下さったかたではありませんか?」とお尋ねすると ピンポーンでした。

「はい そうです!今なにか、私にできることがないかと思って電話しました」と。うれしいお返事でした。きっと、その後も、いつもいつも 救援衣料などお助け下さっているかたなのですね。

17年前の感動と 感謝に加えて また 胸がキュンと 熱くなりました。

このように、たくさんのたくさんのみなさまに 長年お支え頂き 活動を続けられていること、真にありがとうございます。今後とも どうか よろしくお願いいたします。

2012年1月27日 (金)

お米発送させていただきました!感謝です!

1 おかげさまで、予定通り1月の追加支援お米50袋を、岩手県へお贈りさせていただきました。
大豆、雪のウエアー、乾麺、毛布、綿入れはんてんも送らせていただけました。

月曜日には宮古市のボランティアチームのところに到着し、早速、火曜日に被災のお宅に届けられます。

飛騨こしひかりを ボランティア価格でお分けくださいました下之切町の美素さま、ありがとうございました。

現地のボランティアと連絡を密に取っていますが、被災地の気温は、飛騨より毎回数度ずつ低いです。

震災で失業を余儀なくされた方の失業手当が、次々切れてしまうにもかかわらず、職場がありません。2月までに最大で約4000人、手当が切れてしまう方々があるといわれています。このかたがたには、学校へ通うお子さんや、自宅崩壊のために同居しているお年寄りの家族もあり 寒さの中、将来の心配はつきないと察せられます。

ボランティアの方々は、激寒のなか、励ましの笑顔をにっこりたたえて、暮らしに無くてはならないお米をお届けに廻ってくださいます。

どうか、被災の皆様をお支え続けください。私どものボランティアチームの働きをお支えください。よろしくお願いいたします

 

2012年1月25日 (水)

[星野富弘さん]の詩画集「種蒔きもせず」

高山市冬頭町の「あらたに整形・内科」は、先生方はじめスタッフの皆様の微笑みに、癒されますが、患者さんの立場を隅々配慮した、行き届いた環境の温かい医院です。

薪ストーブにグランドピアノ、それに、書架。

バックミュージックも心地よく ついつい 読書に浸ってしまいます。

そんな中で 星野富弘さんの「種蒔きもせず」という詩画集に出会いました。

タイトルから一目瞭然、新約聖書のマタイによる福音書6章25節から34節の部分からです。「・・・空の鳥をみよ。蒔くことも、刈ることもせず、蔵に取り入れることもしない。それだのの、あなたがたの天の父は彼らを養っていてくださる。・・・だから、あすのことを思いわずらうな。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。」

このタイトルの詩画は お庭でごろんと お昼寝している飼い犬のスケッチ。
いかにも すべて安心仕切って 今を心楽しんでいる様子でほほえましいです。

別のページの「あの人のように」が たいへん印象深かったです。
                             (お花が違いますがお許しを)

あの人のように なりたくて
       あの人の後を追っていたら    あの人の前にキリストがいた
                    塩狩峠に咲いていた野菊  三浦綾子記念文学館による
F1

2012年1月23日 (月)

あの日 私は~証言記録 東日本大震災

「あの日 私は」という 短い震災証言の番組がNHKで流れています。

岩手県最大の面積に宮古市では500人の犠牲者がありました。
ある男性は、まず 二人の子どもを 奥さんの実家へ預けに行き、その足で急いで、両親を助けに行こうとしましたが、津波に阻まれ、たどり着けませんでした。18日の後、かなり離れた場所で ご遺体を発見されました。

陸前高田市の公務員 綾さんは、市役所隣接の市民ホール3階へ逃げ込みました。
外の光景が信じられなくて、ボーッとしていると、「窓際は危ない」と 声をかけてくれる人があり、奥へ移動しましたが、あっという間に 高い天井まで押し流され、クーラーに捕まり 助かりました。その3階の部屋には40人もの人が避難していたというのに、綾さんを含めてたった17人しか 助かりませんでした。危機一髪でした。陸前高田市では1800人が犠牲になられました。

「市役所の職員もたくさんなくなりました。助かったひとりなので、復興のために 力を尽くして働きたい」と、まだ 恐怖の感情を押し隠しながら 語っていらっしゃいます。


こうしたお一人お一人の証言に 丁寧に耳を傾け、次世代へ伝えて行かなくてはならないと深くおもいます。

2012年1月20日 (金)

次の被災地へのお米などの発送は1/26を予定させていただいております

1/26(木曜日)お昼すぎに、支援品発送を計画いたしております。

   飛騨近辺の方で、支援ご協力いただける方は、前日までか、当日の13時ぐらいまでに 
   ご連絡くださいませ。

   遠方のかたは、ご寄付いただける品目や量をお知らせください。
                  直接 現地チーム発送を打ち合わせさせて下さいませ。

[品目] お米・食品・毛布・・・など、よろしくお願いいたします。

[募金] お米購入資金や 送料など どうか、よろしくお願いいたします。

       振り込み先 十六銀行 西高山支店(368)
                 普通口座1381272
     「飛騨アジア・アフリカ救援衣料チャリティー実行委員会 水谷惠子」

 お振り込みくださいました場合は、後のご報告先をお手数ですが、別にご一報ください。
 

[お届け] 岩手県沿岸部、田老・山田・大槌・大船渡付近のニードのある方へ、現地駐在 
      のボランティア・チームが 1/30(火曜日)に お届けさせていただきます。

[連絡] 岐阜県高山市新宮町2278
         飛騨アジア・アフリカ救援衣料チャリティー実行委員会

         FAX0577-32-6409  携帯090-1751-6090(水谷)

    被災地への支援活動は ずっと 継続させていただいております。
           
                          今後とも よろしくお願いいたします

2012年1月17日 (火)

生きよう。生きること。生き抜くこと。

6434人の犠牲者の阪神淡路大地震から17年。。。まるで昨日のことのように、悪夢の記憶がよみがえってきます。

大災害や事故、また、突然でなくても、肉親の病死でも、親しい人の死に会った時、生き残っていることに罪の意識を感じる「サーバイバーズギルト」という感情があります。

     「生きていて申し訳ない」「代わって死にたかった」「なぜ 助けられなかったのだ   
      ろう。」「自分がもっとできることはなかったか」

あるグリーフケアの会の最後で、

「どうしても、乗り越えられないんです」との、訴えに、講師の心理の先生は、
「自分のペースで向き合う時と、日常生活を楽しむことを使い分けること」を話されました。

また、傾聴をしたり、ケアしている立場の方が 「どんなにどんなに、慰め、じっと嘆きに寄り添っても、すぐ、悲しみに戻ってしまわれるのです。どうしたら、いいのでしょうか」と質問されると、その心理の先生は、
「はい。無理です。年月がたてば、、、と、どんなに周囲が 慰めても慰めても、毎年毎年、その日が巡ってきますから、無理です」と はっきり お応えになり、あまりにもはっきりおっしゃたことに 私は驚きながらも (それは 真実だ)と思いました。

私にも (決して乗り越えられない)と思うほどの経験があります。乗り越えたと思っても 無理です。小さな何かで すぐよみがえるトラウマです。亡くなった大切な人は かえってはこないからです。現実です。

けれども、それ以上に、支えてくださったたくさんの方々のまなざしが、祈りが、思い出されます。そのたくさんの方々の慰めや、温かいお気持ちも 現実です。

お花が、歌声が、お言葉が、優しさが・・・・・
      今も、いつも、何度も、何度も ありがとうございます。

今朝のNHKで 「助けることの出来なかった成人式を迎えたばかりの娘に申し訳なくて、申し訳なくて・・・・」と、うちひしがれている親御さんに、番組中に届いたFAXが読み上げられました。

娘の立場で、書いています。お父さん 何度も、何度もありがとうって 心から言っています。ありがとう!」

「自分の命は あの無残な体験と、先に召された方々の犠牲の上に与えられている。彼らの分を生きる」と、生き抜く決意を。

あの悲しい時を、逆に 心の一番深いところの宝として、生き抜くことで、彼らもともに生きてくれます。

生きる。生きよう。生き抜こう。

天の神に 感謝せよ。 その慈しみは とこしえに絶えることがない。
                 旧約聖書 詩篇136篇

2012年1月15日 (日)

食のきっかけ

「飛騨のお漬け物のおかげで、ようやく 御飯が喉を通った」という、お便りを、
90歳の母に紹介しましたら、母はまるで、自分のことのように、喜んでくれました。

そして、意外な思い出話を語ってくれました。(私の父母は広島の出身です)

広島の生家に、大きな大きな柿の木があってね。
 幹が太くて、何人もで手を繋がないと 囲めないほど幹が太い木でしたよ」

       (どこへ 話がいくのかしら?)と思っていました。初めて聴く話でした。

お父さんが、その木に登り、柿を取っていたら、足が滑って落ちてね。しばらく、具合が悪かったの。食欲が無くなって、ちっとも、食べたくなくなってね。
お母さんは、つきっきりで看病していたし、みんなで心配して・・・」

田舎だから、隣り近所の方も、心配してくださって、お父さんが 少しでも食べる気にならないかと、工夫をこらし、いろいろな物をもって来て下さったの」

「その中に カルケットという箱入りの珍しいお菓子があってね。
 それを食べたら、美味しかったので、お父さんの食べる気力が戻ってきて、回復できたのよ」 

よく聞くと 母はまだ学校へ上がる前だったそうですから 5歳ぐらい。85年も前の話です。

自分の口に入ったかどうかは 覚えがないようですが、よほどの印象だったようで お菓子の名前まですらすら覚えていました!

私は びっくりして いくつか学べました。

(1)ちょっとしたきっかけで、食が回復して元気を取り戻せる。

(2)近所の方々やみんなで工夫し助け合うことで、良い知恵に巡り会える。

(3)老母の昔の思い出話を 全部聞いたことがある・・・なんて思っていたら 大間違い。  
   まだまだ、我が家の宝庫は無尽蔵! 

日本も みんなで あきらめないで 助け合い 工夫しあって 回復!

   (ところで、カルケットは 大正9年1920年に発売された牛乳で練ったビスケットで、
   今もロングセラーを誇るおやつです。当時、田舎では高くて珍しいものだったと思い
   ます。温かい人の繋がりを思い、胸が熱くなります)

飛騨のお漬け物で 食欲がでました。お餅も、林檎も うれしかったです。ありがとうございました!

今朝、丹生川の方が下さったお米や若宮漬物さまがご寄附くださいました飛騨のお漬物をお届け下さったボランティアの方から、次のような御礼のメールをいただきました。
『病気ですっかり食欲もなく、弱っていらしたHさん。
 何か食べられるものは無いだろうかと心配していました。
 今回 お送り頂きましたお漬け物などを、お届けさせていただきました。
 しばらくして また 帰り道にお寄りしてみると
 「荘川大根たまり漬の漬け物が 口にあって、美味しい。
         久しぶりに御飯が喉を通り ようやく 食べられました」 と、
  涙ながらに喜んでみえました。』との、うれしいお知らせでした。
よかった!よかった!
若宮漬物さま、皆様 ありがとうございました。
若宮漬物さまは、山の広範囲の畑を焼き、大根を植え育て、収穫された物を漬けていらっしゃいます。
毎日毎日、たいへんな働き者のご一家です。
御祖父様・お祖母様をよくお手伝いするのは、Photo 今 高校で農業を学んでいる長男君。
お便りを私と一緒に読んで、
大根の収穫はめっちゃ寒かったし、漬けるの大変だったよ。けど、感激!よかった!』
と喜んでくださいました。   
     ありがとうございました。

2012年1月 9日 (月)

被災地に産業を!

NHKの調査によると、被災家庭の47%が失業状態だと考えられるそうです。

自営の立て直しもままならず、勤務先も被災で復職に見通し立たないのです。

地元に就職したくても、住む家を失い、職もない・・・。

被災家庭の34%が 月収10万円以下とのことです。

世帯主の29%は50代、23%が60代 再就職が難しい年代です。

若者にも 就職の壁は厚く、これでは将来の生活設計が立てられません。

なんとかして、被災地の産業復興を急いでいただきたいです。

2012年1月 8日 (日)

まめなかな!ひとつやけど!!1月8日飛騨への避難ご家族会でのお楽しみ袋 ご協力ありがとうございました!

おかげさまで 今日1/8に、高山市福祉センターで、もたれます飛騨に避難していらっしゃる25軒の避難家族連絡会に、お楽しみ袋をお届けさせていただきました。
急なお願いにもかかわらず、まして、年末年始の忙しいさなかに、お品を捧げてくださいました皆様、ありがとうございました。
一軒一軒にいたしましたら、・・・(・・・・いろいろな意味で・・双方の皆様に・・・すみませんが・・)ささやかですが、飛騨人がお正月に親しい親族や、お隣りさんへ、ちょっと お顔をのぞきに寄る時、「まめなかな。」「ひとつやけど」と、お渡しするような品々です。
   (ちなみに、子どものころ、”ひとつでないのに、なんで、一つっていうんやろ~”なん
    て、思っていました(笑) ”まめなかな”は、お元気ですかの意味です。
                                    飛騨人の心の一端です)
1.お餅2袋(肥垣津さまは、長年お勤めのスーパーを退職された記念にと、震災で被害 
  にあわれた方々にお餅を300袋もご寄付くださいました。250個をお正月に大船渡市
  の被災ご家族にお届けさせていただき、またおかげさまで、このお楽しみ袋に50個い 
  ただき、実施させていただくことができました。)
2.林檎(藤井果樹園さま)Photo
3.手編み毛糸たわし
  (お正月中に、川上さまは、25個も編
   んでお届けくださいました。)
4.乾麺そば 3わ(Mさまが何箱もご購入 
            くださいました)
5.お漬け物(若宮漬け物さまご提供)
6.お菓子(笹やさまと、大沼さま)
7.ペンやメモ帳、みかん(平野さま)
8.野菜ジュース(佐藤さま)
9.珈琲・手袋その他
温かいお申し出、真にありがとうございました。heart04

2012年1月 7日 (土)

起きよ、光り輝け!

Arise,shine,for your light has come,and the glory of the LORD rises upon you.
See,darkness covers the earth and thick darkness is over the peoples,
but the LORD rises upon you
and his glory appears over you.
Nations will come to your light,and kings to the brightness of your dawn.  (Isaiah 60:1-3)
起きよ、光を放て。
あなたの光が来て、
主の栄光があなたの上に輝いているからだ。
見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。
しかし、あなたの上には主が輝き、
その栄光があなたの上に現れる。国々はあなたの光のうちに歩み、
王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。(旧約聖書 イザヤ書60:1~3)
新年を迎えるとき、ここ何年も この聖句が浮かびます。
(え?主よ、こんな小さくて何も持たず、弱くて惨めな私どもに、「輝け」とおっしゃるのですか?)
(そうだ。私がこの地に来たのは、小さい、弱い者が、光を放つようになるためだ。)
(む、む、無理です。とんでもない。。。)
(いや。起きよ。光を放て。私が光だからだ。起きよ。光を放て。)
昨日 被災地から送られてき、掲載させていただいた活動の写真を見つめると、はにかみつつ、勇気をふるって、知らないお宅お届けを頑張ってくださっている現地の若いボランティア嬢方の輝きが読み取れます。
また、彼女たちや、飛騨からの励ましを、受け取りつつ、逆に、こちらを労り ”元気だしますよ。生きて 立ち上がりますよ。ありがとう!そちらも お大事に!”の表情を伺え、心うたれます。
柔らかく 温かく たくましく!
起き、どんなに、心打ち砕かれそうな時代に置かれても、立ちあがり、共に 輝きましょう。

2012年1月 6日 (金)

2012年1月2日と6日、大船渡市での活動

Photo_2 肥垣津さまがご寄付くださり、せせらぎ餅さまがお送りくださいましたお餅などが、お正月2日と6日に 現地ボランティアの皆様の手で 大船渡の避難ご家庭に届けられました。ありがとうございました。

たいへん 寒い日だったと思います。

お正月を返上して 活動くださいました皆様 ありがとうございました。

場所は大船渡市内の「みなし仮設住宅」と言わPhoto_3 れるところで、仮設ではなく、借り上げ住宅に避難されているお宅です。

南隣接の陸前高田市からも多くの方が避難されていて、慣れない土地でお正月を迎えておられます。Photo_4

「飛騨髙山からの、つきたてのお餅です。どうぞ」

「わぁ、美味しそう!ありがとう!まぁ、岐阜県の飛騨髙山からなの!素敵!」Photo_5

2012年1月 1日 (日)

明けましておめでとうございます。温かいニュースで心新たに前進いたしましょう!

明けまして おめでとうございます!
”絆”の大切さを 日本人が改めて 噛みしめた昨年でした。
皆様、尊いお働き、また、本会へのご協力、本当にありがとうございました。
      本年も どうぞ よろしくお願いいたします。m(_ _)m
災害が大きければ大きかっただけ、奇跡や慰めもたくさん降り注がれた年でした。
多くの皆様の愛と、お力を毎日毎日実感させていただいた年でありました。
新しい年の最初に、また、お餅の恵みが 豊かに降り注がれました!
うれしいご報告を書かせていただきます。
清見出身で愛知県にお住まいの肥垣津さまが、清見のせせらぎ餅さまに、10万円を托され、「自分のお餅が食べられる身を感謝して、被災者の方にも、お餅を送ってください」とお捧げ下さいました!ありがとうございました!
ご連絡いただき、すぐ現地チームと相談させていただきました。
盛岡みなみボランティアチームが、お正月を返上して、お餅到着に合わせて、仮設住宅慰問活動を計画くださいました!つきたてのお餅をお届けして、孤独なお住まいの方を訪問して語らいの時を持ったり、子どもたちと楽しい時を作ったりできそうです。お正月も被災の方々と 共にいてお支えくださり ありがとうございます。
せせらぎ餅さまは12月30日、本当なら仕事納め後なのに、お餅をついて下さいました!
また、本会の経済も厳しく、送料が難しくなってしまっているところ、せせらぎ餅の社長さまが、被災地までの送料をご負担下さいました!感謝です! 
Seseragimochi そして!写真のような5個入りの美味しいお餅300袋をご寄付いただきました!
250個が、12/31に岩手沿岸部に届き、元旦三が日のうちに、大船渡にて被災家族のお宅に届けられることとなりました。
先に、三ヶ日のみかんをお送りしたのと、ちょうど、一緒に大船渡へとなりました。 ありがとうございます!
50個を、高山市福祉センターで、1月8日にもたれる被災家族の会で、飛騨に避難していらっしゃる25軒のご家族にお届けできます。感謝です。ありがたいです。
せっかくの機会ですので、25袋 飛騨お楽しみ袋を作りたいと計画しております。
  
 今のところ、お漬け物、手編みの毛糸たわし、林檎が25軒分、寄せられていますが、お楽しみ袋はまだスペースがあります。楽しいアイデアや、何かご協力くださいますかたは、是非 ご連絡くださいませ。..
岐阜県高山市新宮町2278 飛騨AAチャリティー実行委員会 電話FAX0577-32-6409 携帯090-1751-6090(水谷)
この有り難いお餅のご寄付についての コメントを いつも ご協力くださるNさまから
次のようにいただきました。
「あったかいお餅ですね。~「差し上げられることに感謝」~という、素敵なメッセージが伝わって来ました。
政府の能天気な冷温停止宣言。来年こそは「賢い政府」が生まれてこないかしらね。来年もつつがなく暮らせますようお祈りしております。

2011年12月28日 (水)

無名戦士の詩~悩める人々への銘

昨日ご紹介させていただいたインドネシアで出会った祈りは、私に約150年前、南北戦争で闘った名前の知られていない戦士の詩を 思い出させます。
様々なご本や、中日新聞で何回か紹介されているので ご存知のかたも多いと思いますが、ご紹介させていただきます。
ある無名兵士の詩
A  CREED  FOR  THOSE  WHO HAVE  SUFFERED
「悩める人々への銘」
I asked God for strength, that I might achieve
I was made weak, that I might learn humbly to obey...
「大きなことを成し遂げるために 強さを与えてほしいと神に求
めたのに 謙遜を学ぶように 弱さを授かった」
I asked for health, that I might do greater things
I was given infirmity, that I might do better things...
「偉大なことができるようにと 健康を求めたのに
 よりよきことをするようにと 病気を賜った」
I asked for riches, that I might be happy
I was given poverty, that I might be wise...
「幸せになろうとして 富を求めたのに
 賢明であるようにと 貧困を授かった」
I asked for power, that I might have the praise of men
I was given weakness, that I might feel the need of God...
「世の人々の称賛を得ようとして 力と成功を求めたのに
 得意にならないようにと 失敗を授かった」
I asked for all things, that I might enjoy life
I was given life, that I might enjoy all things...
「人生を楽しむために あらゆるものを求めたのに
 あらゆるものをいつくしむために 人生を授かった」
I got nothing that I asked for、but everything I had hoped for
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.
I am among all men, most richly blessed!
「求めたものは一つとして与えられなかったが 願いはすべて
聞き届けられた 私はもっとも豊かに祝福されたのだ」
                  AUTHOR UNKNOWN(作者不詳)
大きな災害のあった今年を 失意のうちに終わらせないで、次へと 歩みを出せますように!お祈りいたしております。 

2011年12月27日 (火)

祈り The Prayer

引き出しの整理をしていましたら、ジョグジャカルタ(インドネシア)の大地震の直後に訪問した子どもたちの為のリハビリセンターの掲示板からメモした、次の「祈り」がでてきました。半身不随になった青年が書いたものではないかと伺いました。0003  脊椎を損傷して、うつぶせのまま 動けない子どもたちがリハビリと職業訓練の順が廻ってくる機会を待っていました。一人15万円で手術を受けられ、6ヵ月リハビリ入院できるということでしたが、費用はなかなかままなりませんでした。現在どうされているか、心配です。水谷の意訳で 掲載させていただきます。

「祈り」      Prayer

I asked God to take away my sorrow.

But God answered,"No. I don't take it away. It shall vanish."

   私は神さまに、私の悲しみを取り除いてくださいと、お願いした。
   でも 神様は おっしゃった。
   「いや、取り除かない。その悲しみは 必ず消えるであろう。」

I asked God to take away my disability.

But God answered,"No. Your soul is perfect. Only your body is temporary."

   私は神様に、私の障害を取り除いてくださいと、お願いした。
   でも 神様はおっしゃった。
   「いや、お前の魂には障害はない。ただ 身体だけが一時的なのだ」

I asked God to give me patience.

But God answered,"No. It depends on what you see."

   私は神に、私に辛抱強さを与えてくださいと、お願いした。
   でも 神様はおっしゃった。
   「いや、それは お前が何を見ているかによるのだよ」

I asked God to take away my suffering.

But God answered,"No. Suffering makes you strong.

Pleasure makes you away from Me."

   私は神に、私の苦痛を取り除いてくださいと、お願いした。
   でも 神様はおっしゃった。
   「いや、苦痛はお前を強くする。快楽はお前を私から遠ざける」

I reminded God to fulfil my soul.

But God answered,"No. You must fulfil yourself. But I will be with you."

   私は神に、私の魂を満たして下さいと乞い願った。
   けれども、神様はおっしゃった。
   「お前はお前自身で、自分の資質を輝かせなくてはならない。
                              だが、私はお前と共にいる」

I asked God for all things, so that I can enjoy my life.

But God answered,"No. I give you life so that you will enjoy all things."

   私は神に、人生を楽しめるようにと、全てのものをお願いした。
   けれども、神様はおっしゃった。
   「いや、私はお前が全てを楽しむようにと、お前に命をあたえた」

I asked God for power and strength to care people just like they care me.

But God said,"Ah! Finally you understand.Today is yours.  Don't make it useless."

   私は神に求めた。私を世話してくださる方々を助けられるように力と強さを下さいと。
   でも、神様はおっしゃった。
   「おお、ついに悟ったのだね。今日という日はお前の物だ。
                                 それを無駄にしないように」     

God bless you,for the world only you may be just you.

But for someone you are the world."

   How we operate......

   How we decide......

   How we act.....

   Final destination is to help people in need.0004

神の祝福があなたの上にありますように!
あなたが 全く本当のあなたでいられる世界でありますように!
誰かにとって、あなたは世界です。

私たちが どう働くか...どう決意するか...どう行動するか...
究極の目的は 苦難の中にある方々を手助けすること。

2010年9月以来、水谷はインドネシアを訪れできず、今は東日本の支援で手が回っていませんが、インドネシア支援のための田村久弥医師基金 郵便振替口座00870-2-33734は 皆様の温かいお助けのご寄付を お待ちしております。
東日本支援ともども どうか よろしく お願いいたします。

2011年12月16日 (金)

大根 林檎 防寒服など発送

今日は 朝うれしいお野菜下さるメールが入りました!

りっぱなお大根をたくさん!heart02
洗ってていねいに一本一本新聞紙にくるみ、お届けくださいました。赤ちゃんがいらっしゃるあゆみさんです。寒く、水も冷たい中、たいへんだったことでしょうに。。。。
きっと きっと 被災地では 美味しいおみおつけになったり、ふろふき大根になったりして、大活躍してくれることでしょう!ありがとうございました。

また、ちょうど 「ゼロワン」さまhttp://www.01-39.comKannta  冬物を保管していたと連絡下さいましたので、急遽、作業しました。http://baquun.com/  
という地域情報サイトもたちあげられたそうなので ご訪問くださいませ。「ガンバロウ日本」をクリックすると 復興支援関係のリンク集になっているそうです。

藤井果樹園さまから、林檎もいただけて 10箱の支援物資として発送できました。ありがとうございました。

大切な家族を亡くした年のクリスマスやお正月は 実はとても寂しいものです。

被災地に少しでも 慰めが与えられますように!力がでますように!

2011年12月11日 (日)

震災9ヵ月め~被災地の子どもたち 12/11の発送

今日は 悪夢の震災から9か月め。

NHKでは 震災孤児の様子を特集していました。

親御さんを津波に奪われた子どもの数は 1567人で神戸の3倍。
特に両親ともなくした方は240人も・・・・。胸が痛いです。

災害が大きすぎて 公共の対応がまだ十分に見通しが立っていないこと、地域が壊滅状態で 大人自身も傷つき 立ち直れないこと。その中に 子どもたちが置かれていて それを目の当たりにしていること。などが語られていました。

子どもたちが 頑張りすぎていて 悲しみを十分にだしきれていないのではないかとの指摘がありました。寄り添い、感情を表せるように見守ることが大切と。

両親と姉をなくした小学校2年生、8才のかのんちゃん。
ほとんど、亡くなった家族のことを口にできませんでしたが 先日、初めて作文に家族が登場しました。
「(津波の時) お姉ちゃんたちが探し続けてくれていたのに、自分だけ逃げられちゃったから…。責めているんだ。。。
…そしてマラソンを走っていて、(もうダメ、走れない)と思いました。
その時、『頑張れ、かのん!』とママの声がしました。
『私の分も頑張って。』とお姉ちゃんの声もしました。
お父さんも 『津波に負けなかったかのんなら頑張れる』って言いました。
『うん、うち頑張っているから、応援お願いね。楽しかったけど、今、一人になって悔しい』

   東日本大震災から9カ月めの12/11の救援物資は、

全部で39箱発送させていただくことができました。Birthday_work (名古屋24箱。岩手県宮古市9箱。神戸救援衣料センター6箱。)
特にお米は先日の220kgに加えて、今日も約55kgあり、ありがたかったです。
遠方から来て下さいました方々も多く、またわざわざユニクロでたくさんの温かいフリースを買ってお捧げ下さった方もあり、食品も毛布もありうれしかったです。
募金は20500円でした。
また、別送で10ケース600包みのトイレットペーパーという、ビッグなプレゼントを被災地にお届けくださった高山市の白川さま・遠藤さま、ありがとうございました!
荷物かかえて歩きにくいお宅に「お元気ですか!」と 大きな消耗品を携えて 安否をお尋ねに廻るには 大変 有り難い品です。現地ボランティアさまも ありがとうございます。
今日も、ご支援まことにありがとうございました。

なお、特に今日のような 新聞呼びかけをしなくても、東日本の支援は 常時 継続させていただいております。ご連絡を お待ちいたしております。
今後とも よろしくおねがいいいたします。電話0577-32-6409
                         携帯090-1751-6090 水谷

2011年12月 7日 (水)

12月の被災地へのお米支援が目標を突破して与えられました!

なんと12月の目標500kgが今日満たされました!Photo
ありがとうございました!
林檎の箱の下には10kgのお米が入っています!
二つの縛ってある袋は白米です。
大きな5つの袋は玄米!
この玄米は 昨日の市民時報の広告をみて、丹生川の方がお電話くださいました。
「軽トラだから、天気の良い今日に」とおっしゃり、飛騨運輸まで運んできてくださいました。
なんとありがたいのでしょうか!!感謝です!
おかげさまで、思いがけず、今日、岩手県宮古市田老へ220kgも発送させていただけました。感謝です。
12月の不足だった残り約120kgが満たされ、
1月分へ100kgまわせます。
1月は、よいお米の5kg袋入りを50袋・・・250kgは安く購入させていただけるお約束があり、
     あと150kgとなりました。
2月の500kgと
3月の500kgは、まだあてがありませんが皆様、どうかよろしくお願いいたします。 1

2011年12月 6日 (火)

飛騨のラーメンとお米 大活躍!

高山市の三清物産さまからご寄贈のラーメンは376035_10150387392627470_560027469_ 389538_10150387389122470_560027469_
宮古市グリーンピア(400戸)の仮設住宅
炊き出しさせていただきました。
寒い日だったので温かいラーメンは大変喜ばれました。
男性ばかりのボランティア、4人でお世話させていただきましたが、慣れなくて いやはや、てんてこ舞いだったそうです。
でも とても、やりがいのある身も心も温まるごちそうだったそうで、感謝でいっぱいです。ありがとうございました。
また、11月末から12月初めの上宝(佐野さま)や小坂(片岡さま・山下さま)、清見(砂留さま・佐藤さま・若宮さま)、国府(石原さま)、中野さまの皆様からのお米大袋は、小分けして山田仮設住宅などへお届けさせていただきました。
ご寄附くださいました皆様、呼びかけてお助けくださいました皆様、本当にありがとうございました。390489_10150387392412470_560027469_ 380954_10150387391507470_560027469_ 384259_10150387391232470_560027469_ 

2011年12月 5日 (月)

飛騨のりんごさんたち 大活躍!

うれしい映像が今朝とどきました!12220111
『はっきり解りにくいかもしれませんが、ボランティアのみなさんで、作業しています。一つ一つの袋の中に 支援いただいた飛騨のりんごが入っています。
大船渡市猪川町ろくろ石の仮設50世帯に配りました。12220111_2
丁度、信州からの野菜が届きましたので、一緒に配りました。
ご支援感謝します。
盛岡ボランティアチームふみあき』
仮設住宅に届けられる支援の品は、今はそんなに多くありません。でも、ちょっとしたお品を手に、

12220111_3

「お元気ですか!」「何かお困りのことはありませんか」と 声をかけて廻れるのは大切なことと思います。寒い中、現地ボランティアのみなさん、ありがとうございます。

山では、12月11日12時から15時まで、飛騨髙山教会(新宮町)で、東日本・国内福祉支援品・募金の収集をさせていただきます。どうか、必要が満たされますようにお祈り下さいませ。 お米・食品  毛布・防寒具 ・・・男性の冬物衣料と毛布は中古でも大丈夫
です。たいへんありがたいです。どうぞ よろしくお願いいたします。   
             電話0577-32-6409(水谷)

2011年12月 2日 (金)

石巻栄光幼稚園の補修募金お願いいたします

m(_ _)m   石巻栄光幼稚園補修工事募金 よろしくお願いいたします。

次のような、趣意書でみなさまに呼びかけさせていただいています。
幼稚園の子どもたちや地域のかたがたの集いや遊びのために役立つコミュニテイのスペースともなれたらと願っています。どうかよろしくおねがいいたします。
    東日本大震災募金趣意書 (栄光幼稚園寄贈遊具移築費・ベル購入費募金)
                        日本基督教団石巻栄光教会 付属栄光幼稚園
3月11日の「東日本大震災」では、皆様方からのお見舞いメール、お励ましの言葉・祈り、救援物資、お見舞金、また当地まで足を運んでいただきましたこと、心より感謝申し上げます。教会・幼稚園関係者みなとても励まされました。   
地震で教会・牧師館・幼稚園の建物、それぞれ被害を受けましたが、津波の被害はかろうじて床下浸水ですみました。しかしながら、教会・幼稚園関係者のお宅はほとんどが床上浸水。住めなくなったお家も多数あります。
石巻栄光教会の被災前の会員は22名。その内の17名の方々(77%)が全壊・大規模半壊の被害を受けました。死者は、教会員1名、教会員の家族4名。震災後5名の葬儀を執り行いました。また、家が全壊で他県に移住された方々は4名います。お家の修理・修繕等が始まり、自宅に戻られた方もいますが、未だに自宅に帰れずアパート暮らしをしている人もいます。家を失い、仕事を失い、家族を失った人たちに、どのような慰めの言葉をかけたらよいのか、心が痛みます。  
当幼稚園の先生方3名中2名のお宅が全壊、家族も亡くなりました。園児の保護者宅では、全壊・大規模半壊のお宅が38軒(78%)です。母親、妹を亡くした園児もいます。
このような中、4月にボランティアでお手伝いくださった飛騨髙山教会関係の方の紹介で、TOTOが出資し東京の長谷川豪建築設計事務所が設計する建物(東京のギャラリーに展示する建物、10坪程度500万円相当)を幼稚園に寄贈してもらうことが決まりました。
「子どもたちが安心し喜んで遊べる空間(建物)」ということで現在設計が進んでおります。東京展示終了後、来年の3月末頃、当幼稚園に移築する計画ですが、移築には諸費用がかかります。
輸送費、こちらの遊具の撤去費(老朽化していた上、津波の直撃を受け現在使用禁止の冒険ロッジ(ログハウス)、物置、鶏小屋、犬小屋等の撤去費)、また、移築のための基礎工事費等(計約100万円)です。
また、この建物に付属するものとして「ベ ル」を設置したい計画ですが、この費用が100万円位必要です。これらは当方(教会・幼稚園)で負担しなくてはなりません。園舎」の補修工事も必要で、500万円を見込んでいます。全壊でなく、法人格なので 助成金がいただけません。総合計で700万円必要です。  
現在、これらの諸費用捻出に頭をかかえていますが、「主の山に備えあり」の信仰をもって歩んでいます。
被災地の小教会、小幼稚園ですが、これからの復興に向けて、希望の鐘ベルを鳴らして行きたいと願っています。
ご協力いただける方は、下記の口座にお振り込みいただけるとありがたいです。
(お手数ですが、振り込みしてくださったあとで、小鮒か水谷にご住所などお知らせください。その後のご報告をさせていただきたいのでよろしくお願いいたします。
お振り込みだけですと、ご連絡先がこちらからはわからなくなりますので、是非 お知らせくださいませ)
七十七銀行(シチジュウシチ銀行) 石巻支店
店コード 404  口座番号 5209471
名 義 宗教法人 栄光幼稚園 
代表役員 小鮒 實
住 所 〒986-0854  宮城県石巻市 大街道北2丁目12-3
なお、送料のお手間と、被災幼稚園の事務煩雑化を軽減するために、当チャリティー事務局(水谷0577-32-6409電話fax)も お取り次ぎさせていただいております。今後とも よろしくおねがいいたします。
この要請をいただきまして 皆様のおかげさまで 11月には、飛騨アジア・アフリカ救援衣料チャリティー実行委員会からは 35万円を送金させていただきました。
 
 特に あらたに整形外科・内科さま 富山建材株式会社さま 日本キリスト教団飛騨高山教会さま ありがとうございました。Special Thanks!
教会からの分にはHapu  11/23「サックスとハープのコンサート」を会堂で開催してくださるかたがあり、教会員数人で準備や駐車場誘導、ストーブ世話、片付けを引き受け、その報酬をいただきました分も お捧げできました。ありがたかったです。Image2121
演奏家の 葵 美妃さま
       小森伸二さま
         ありがとうございました。
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2011年12月 1日 (木)

12/10と12/11のフォーレ レクイエムなどの演奏会のお知らせ

00060007 この12月10日と11日は フェリーチェの演奏会へぜひ お出かけくださいませ。

ベートーベンの第7番や フォーレのレクイエムです。

東日本大震災の追悼と慰めをこめて演奏されます。

上掲はレオナルド・ダ・ヴィンチの受胎告知です。

「恵まれた女よ、おめでとう。主があなたと共におられます。」

「彼はおのれの民を、そのもろもろの罪から救うものとなる。」

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12/10は 開演18時半 髙山短大ホール
                  12/11は 開演15時 飛騨市文化交流センターです。
 

髙山出身の砂田直規氏をはじめ、素晴らしいゲストが歌声やパーカッションを披露してくださいます。岐阜の作曲家芝田恭男氏の「薄墨桜」も再生・復活の祈りを奏でてくださいます。みなさま、おでかけくださいませ。
                               震災9ヵ月めにあたります。0005

この12/11(日)は 私どもは 新宮町の飛騨髙山教会で12時~15時まで 東日本・国内福祉品を集めさせていただいております。こちらも どうぞ よろしくお願いいたします。

2011年11月24日 (木)

靴屋のマルティン

  ムーミンパパのシルエットに 2006年のアドベント(クリスマス4週間前の期間)に掲載されたお話を かいつまんで引用させていただきます
http://muhmin-papa.cocolog.-nifty.com/blog/ も ぜひ ご訪問くださいませ。

 
 ロシアの文豪トルストイの作品に『靴屋のマルチン』というお話があります。

 靴屋のマルチンは妻や息子に先立たれ、辛い出来事の中で生きる希望を失ってしまいます。周りの人との関わりもだんだん疎ましく感じられ、ただ惰性で続ける仕事に支えられて毎日を送っています。

 ある日、教会の神父さんが傷んだ革の聖書を修理してほしいと、聖書をおいていきます。マルチンは今までの辛い経験から神への不満をもっていましたが、それでも、神父さんが置いていった聖書をちらちらと読みはじめます。

 ある夜、夢の中に現れたキリストがマルチンにこう言います。

 「マルチン、明日、おまえのところに行くから、窓の外をよく見てご覧。」

 次の日、マルチンは仕事をしながら窓の外の様子に気をとめます。外には寒そうに雪かきをしているおじいさんがいます。マルチンはそのおじいさんを家に迎え入れてお茶をご馳走します。

 それから、今度は赤ちゃんを抱えた貧しいお母さんに目がとまります。マルチンは出て行って、その親子を家に迎え、ショールをあげました。

 まだかまだかと、キリストがおいでになるのを待っていると、おばあさんの籠から一人の少年がリンゴを奪っていくのが見えました。マルチンは少年のためにとりなしをして、いっしょに謝りました。

 そうして、一日が終りましたが、とうとうマルチンが期待していたキリストは現れませんでした。「やっぱり、あれは夢だったのか」とがっかりしているマルチンに、キリストが現れて言いました。

 「マルチン、今日、私がお前のところに行ったのがわかったか」

 そう言い終わると、キリストの姿は雪かきの老人や貧しい母子やリンゴを盗んだ少年の姿に次々と変わりました。
 マルティンは気づきました。確かに 主がおいでになったことを。

この話の題材は マタイによる福音書25章40節に出てくるイエスの言葉です。

 「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」

 今、キリスト教会では待降節、つまり、イエス.キリストがおいでになることを覚えながら過ごす季節を迎えています。しかし、それはただ天を見上げて、いつ来るかいつ来るかと、じっと待っているのとは違います。

 かつてイエス.キリストは私たちを救われるために貧しい姿で、私たちのこの世にまで降りてきてくださいました。この地上で生きる私たち人間に最大の関心を払ってくださったのです。


 やがて世の終わりの時にやってきてくださるイエス.キリストを待ち望むとは、決してこの世の苦しみや悲しみから目をそらせることではありません。
今日出会う一人一人に対して、目を見開き、手を差し伸べること、あたかもキリストご自身を迎えるかのようにそれらの人々に接することです。
接する人間を通して、私たちの思いはますますキリストへと向かうことができるのです。逆説的ですが、人間への関心を深める時に、キリストへの思いも深まり、整えられていくのではないでしょうか。

 マタイによる福音書25章
王は、言います。『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたの 
           ために備えられた御国を継ぎなさい。
           あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、
           わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったと 
           き、わたしに宿を貸し、わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わ
           たしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたし
           をたずねてくれたからです。』

すると、その正しい人たちは、答えて言います。
           『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べる物を差し上
            げ、渇いておられるのを見て、飲ませてあげましたか。
            いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊まらせてあげ、裸なのを見    
           て、着る物を差し上げましたか。
           また、いつ、私たちは、あなたのご病気やあなたが牢におられるのを
           見て、おたずねしましたか。』

すると、王は彼らに答えて言います。
           『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの
            兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにした
            のです。』

  今年の待降節(アドヴェント)は12月4日から始まります。
アドヴェント・リースを飾り、日曜日ごとに点火するろうそくを一本ずつ増やしていく習慣の教会もあります。4本全部がともるときがクリスマスです。
この大きな災害ごあった年をふりかえり、お近くのキリスト教会を訪れていただければ嬉しいです。被害にあわれた方々が、慰められ、生きる力を支えられますよう、一緒に祈り働きませんか。神様が喜んでくださることでしょう。

聖書のことば
コロサイ人への手紙 1章10節
"We pray this in order that you may live a life worthy of the Lord and may please him in every way : bearing fruit in every good work,growing in the knowledge of God."
Colossians 1:10

2011年11月22日 (火)

手編みのマフラー・帽子 ありがとうございます!

温かなお心のこもったプレゼント!

髙山市内の80歳になられる荒川ユリ様と20
いつも、ボランティアに駆けつけてくださる  川上様が 帽子40個と マフラー20本を編んでくださいました!

頭と襟元が守られることは、随分 助かること!あったかいです!皆様もご経験あると思います。

帽子7個は 髙山に避難していらっしゃるお宅用にBoushi_7 (o^-^o)
33個は 福島県と岩手県に

早速 届けさせていただきます。(*^ω^*)ノ彡

川上さんは 1月24日の飛騨冬の市に毎年 福祉バザー店を出店されていますが、今回 編み貯めた帽子を全部 ご寄贈くださいました。

「また、せっせと編むわ」と にっこりして お届けくださいました。heart04

                                 ありがとうございました。Photo

このブログを見てくださり 救援品やお米券をご寄付くださるお申し出があり、大変 心強く、有り難く、感謝いたしております。

遠方のかたは、お問い合わせくだされば その救援品を必要とされている所の住所など、よろしければお伝えさせていただきます。(送料の二重負担を防ぐために)

改めて 私どもの住所など掲載させていただきます。

   loveletter郵便番号506-0035
 岐阜県高山市新宮町2278
       飛騨アジア・アフリカ救援衣料チャリティー実行委員会
 電話FAX0577-32-6409  携帯090-1751-6090(事務局 水谷) 

                                よろしくお願いいたします。 

2011年11月20日 (日)

意志あるお金の使い方~「婦人の友」12月号から

「婦人の友」12月の内容のいつにもまして すばらしいこと!
               いくつかご紹介させていただきます。どうか ご購読ください。

意志あるお金の使い方

  座談会形式で、東日本大震災を通して 私たちの国や暮らしのあり方を大きく問い直
  す視点で語られています。

  「適量」「ちょうどよい暮らし」「人の分まで持ち過ぎない・食べ過ぎない」を実践してきた
  ベテラン主婦のかたと、環境活動やエネルギー政策の専門の方の密度濃い発言で  
  す。

被災地につながる 我が家の家計

  何人もの読者家族からの投稿がすばらしいです。今からの長い支援のヒントがちりば
  められています。

クリスマスの工作~お漬け物も よい手作り暮らしの情報満載!

                                見習いたい事務局keiより

       付記 早速 投稿がありましたので ご紹介させていただきます!

  『婦人の友:家計簿講習会(岐阜県高山市にて)

       …ご興味ある方はどなたでもご参加下さい。参加費300円

    日時:11月25日(金曜日)午後1時半から3時まで。
                           資料代300円。託児有り。
    場所:高山市総合福祉センター3階
    問い合わせ:野中0577-34ー3691              主催:高山友の会』

避難生活支援ボックスをお寄せください

一軒のお宅から、一軒のお宅へ!

今日も うれしい「避難生活支援ボックス」を、4人お子さんのいるお宅に届けることができました!

中身ぎっしり!無洗米・紙おむつ・おしり拭き・ラーメン・レトルトカレー・麻婆豆腐の素、それに お菓子いっぱい!Photo

「遠方の子どもの家族に送るのと同じに詰めました。自分が食べたいものをいれました」と、3月からこれで10個めの「支援ボックス」をお出しくださった高山市内の棚橋さまのお言葉です。いつも、ありがとうございます!

子どもたちよ!元気で大きくなれ!みんなで 育てあいましょう!

2月生まれの坊やが 子ども代表でもうよだれいっぱいで 袋を握って楽しそう!

お友達との合作などで、どうか支援ボックスお作りくださいませんか!

いつでも、被災のご家族に届けさせていただきます。

2011年11月19日 (土)

南相馬市から ご丁寧なお手紙と写真をいただきました!

「・・・大震災から早くも八ヵ月になりました0001 一見、外は何も変わりなく目に移ります。
庭の菊の花も満開に咲き、空は青く高く、雲が流れております。
日々の生活も元に戻りつつ、一日が過ぎていきます。
それでも、農家は、今 米も作れず、野菜もままならず、私たちが何も作れないなんて、考えられないことです。
原発の収束はまだ先が見えず、福島の農業も漁業も悲惨な状態です。
このような状態がいつまで続くのか、やるせない気持ちでいっぱいです。

すみません。
気持ちを取り直して・・・とは 思っていますが、どうしても 落ち着きません。今までに送っていただいた物資の数々、Scan10001 仮設や借り上げ住宅もかたには、どれほどの元気と勇気、嬉しさをいただいたことか、言葉に表せないほどの 感謝の気持ちです。
0002
本当にありがとうございました。
心よりお礼申し上げます。
これからは、借り上げ住宅もかたを中心にご訪問しようと思っております。

長きに渡り たくさんの良い物資をありがとうございました。

 南相馬市 みどり会 代表 小林秀子 」0004 0005 0006 私どもこそ、ありがとうございました。お写真をみて、涙がでます。少人数でお米を、5kgずつの袋にわけて下さり、何区画もの仮設住宅に お届けに行ってくださいました。お大変でした。

ありがとうございました。m(_ _)m

また、飛騨のみなさま、特にこの南相馬市へのお米は、飛騨髙山音楽祭に関係下さいました全ての皆様、JA飛騨さま、清見町有志の皆様のおかげです。

送料のご支援は この時は赤い羽根共同募金ボランティアサポート助成もいただきました。多くの皆様のおかげさまでお米を送らせていただきました。

それを この写真の地元の皆様の尊いお働きで被災した方々に届けていただけました。真に真に ありがとうございました。

3月までは 岩手県沿岸部のみな様にお米を毎月100袋づつはお届けしたいです。

こちらも 引き続きご支援くださいませ。よろしくお願い致します

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2011年11月16日 (水)

上宝から ずっしり63kgの新米が 岩手県へ!

昨日のブログを、メールにして数件に、13時30分に送信させていただきました。

すると、13時32分に 高山市社会福祉協議会さまから うれしいご連絡をいただきました。

ちょうど、上宝の佐野さまが 被災地へと 新米をご寄贈下さったところだそうです。

ずっしりぎっしり ぽんぽんに詰められていました!Photo

すぐ 伺わせていただき、発送。もう夕方のトラックで、被災地へ向かっています。

大変 ありがたいです。

本当にありがとうございました。

宮古市で5kgずつ袋に入れ、被災のお宅に届けられます。

12~13家族が、美味しい新米を口にすることが出来、台所を預かるお母さんは、お米のストックを眺めて安心されることでしょう。光る銀シャリのお粥になって お年寄りや赤ちゃんのお腹にやさしく 運ばれるかもしれません。感謝申しあげます。

おかげさまで 12月の目標500kgに あと237kgと近づいてきました。
半分を超えられました。

皆様 どうぞ よろしくお願いいたします。

2011年11月15日 (火)

11月14日の活動

11月14日月曜日は 先の益田清風高校の救援物資と合流して発送を計画していました。また、不思議に次ぎ次、与えられましたので、うれしい大量発送の日となりました。

現地では 私たちの荷物到着を見込んで、11月17日に衣料・毛布配付会・11月23日に炊き出しコンサートなどを 被災者の皆様にご案内し、ボランティアも集まる計画ですので、たくさんの物資が与えられて、ありがたいです。間に合わせられました!
ご提供くださいました皆様、ありがとうございます。

髙山のボランティアは5人で がんばりました!

まず、13日の夜、下呂市から帰り、拠点に集められていた物資を二人で荷造りし、2台の車で 飛騨運輸に預けておきました。

14日の朝は 民宿コスモス様が 「まだ 出せるシーツや毛布が出てきました」とご連絡下さいましたので 急遽 丹生川へ走りました。
国府で籾米を分けていただくお約束があるので、最初は (無理だわ。間に合わない)と 断念仕掛けましたが、丹生川から、国府へ抜ける道があるのを思い出し、予定の30分遅れでしたが、両方へ 伺わせていただけました。お米を仲介してくださいました梶屋さまも 車をお出しくださいましたので 大変 助かりました。

13時からは 髙山で約80枚の毛布荷造り作業を、三人の方が開始していてくださり、
13時半には お近くの金子さま宅から 追加の物資をたくさんいただきました。

ここで終了の予定でしたが、いろいろ作業がでてきました。

4人が3手に分かれて・・ 
事務局は 林檎を藤井果樹園さまから~直井さまからお米をいただき~こたつ2組の荷
       造りして 発送追加できました。

平野夫妻は 特売のお米情報に気がつき、購入に走ってくださり

Mさんは、洗って現地に送る必要が出てきた掛け布団シーツのためにコインランドリーで長時間作業してくださり、

なんと!この日のトラックに 全部 間に合わせることが出来ました!

皆様のおかげで 充実した内容の発送が出来、心から感謝いたします。
ありがとうございました!

あまりの多忙さに 写真を撮ることができませんでしたが、京やのおかみさまがお客様に呼びかけて 新品のソフトあんかを7個、ご寄贈くださいました。Photo_3 電気代も小さく安全で 暖かいです!その写真だけ撮れていましたので 皆様 ご覧下さり ぬくとまって下さいませ(笑いと感謝!)

12月の目標お米500kgには あと300kg足りません。麺類・お餅も助かります。どううか よろしくお願いいたします

 

2011年11月14日 (月)

11月12/13日の下呂市の皆様のお取り組み

益田清風高校インターアクト部のみなさま 下呂ロータリークラブさま 11月12日土曜日の活動ありがとうございました!
    *****
11月12日(土曜日)は天候にも恵まれ、絶好の救援衣料日よりでした。
    益田清風高校からの救援物資は、
         神戸の日本救援衣料センターには約3トン、
         岩手には段ボール5箱(新品タオル等3箱と食品2箱、
                                                     お米数キロ入り!
                   名古屋には22箱、毛布・福祉バザー品、男性用防寒服・冬物衣料でした。

      大きなお働き、本当にありがとうございました。

11月13日(日曜日)め組JAPAN下呂・小坂支部 
     きこりセンターでの会合にお招きいただき 水谷の報告を聞いていただきました。

参加の方々の次のようなお話も伺え、意義深い時をすごせていただきました。

「阪神・淡路大震災の跡地を訪問しました。
M4やM6の体験コーナーでは、あまりの揺れに驚きました。しばらく、頭がふらふらして、めまいが続いた。今の大きな揺れや余震の中にいらしゃる方々の大変さを思います」

「なぜ、こうなる前に、原発をMegumi 、もっとなんとかできなかったかと思うと悔しいです。」

「息子が夫婦で石巻に2年いました。知り合いの方がたくさん亡くなられ、ショックをうけています。」

「現実のこととは思えず、未だ、心がこの大きな日本の被害を受け入れられないです」

「無力感でどうしていいかわからない、混乱状態の自分でしたが、め組のグループに参加して、救援物資の働きをすることで、自分も助けられています」

「私にやれることを、ずうっと 仲間の皆さんとしていきたいです

「私の周りには、電気も御飯も、生活できる環境もあるのに、被災地の方々がお気の毒です。一人の身内が亡くなるだけでも大変なのに、想像を超える被害です。今からはメンタル面が大切なのですね」

め組のみなさまは、いつもSOSに すぐ応えてくださり、遠い道をお届けくださいます。
    本当に ありがとうございます。 

水谷は お招きいただければ どこへでも伺わせていただきます。

スライドも (それなりにしか作れませんが)用意できています。
                        どうぞ、お声をかけて下さいませ)

Kikori

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